『四月は君の嘘』連載インタビュー
アニメ『四月は君の嘘』に関わるスタッフのリレーインタビュー。
第10回目はモデルアーティストを選定し、クラシックの楽曲収録を担当した
エピックレコードジャパンの馬場さんにお話を伺いました。
宮園かをりのような、有馬公生のような
モデルアーティストを探して
――最初に『四月は君の嘘』という作品に関わった経緯をお聞かせください。
最初にお話をいただいたのは去年(2013年)の8月末くらいでした。「翌年の秋からクラシック音楽をベースにしたアニメを始めるので」とアニプレックスさんから話があったんです。
――原作をお読みになったときの感想はいかがでしたか。
もちろん音楽が重要なファクターなんですけど、個人的には音楽というフィルターを通した「青春の物語」だと感じました。音楽というフィルターを通すことによって、主人公の有馬公生と宮園かをりの関係が明確になっているなと。
――たしかに音楽があることで青春がくっきりと描かれています。最初に馬場さんがこの作品で関わったお仕事はどんなことでしたか?
まずはモデルアーティストを選定することから始まりました。僕は以前『のだめカンタービレ』というアニメ作品で音楽制作をしていたことがあったので、そのツテをたどってクラシック系の音楽事務所に声を掛けたりしていたんです。ちょうどそのころ、東京音楽コンクールに篠原悠那さん(ヴァイオリン)が出場されていて。そのときに彼女の力強く、若さあふれる演奏が印象的だったんです。彼女のビジュアルも原作の宮園かをりと被るところがあったので、今回のお話をお願いするという流れになりました。
――宮園かをりのモデルアーティスト・篠原さんのキャスティングにはそういう経緯があったんですね。有馬公生のモデルアーティスト・阪田知樹さんはどのような経緯で決まったんですか。
有馬公生のモデルアーティストは、原作のイメージにふさわしい、かつ若くて才能を持っている方を探していました。阪田さんはヴァン・クライバーン国際コンクールで最年少入賞をしていて、とても才能があるうえにビジュアル的にも公生に似ていたんです。しかも背が高くて、手も大きい方でピアノの実力もすばらしい。ヒューマンメトロノームと呼ばれる公生のような演奏をするには、阪田さんくらいのレベルにまで到達していないといけないだろうなと思い、お願いすることにしました。
――阪田さんはモデルアーティストとして公生以外も演奏されてるんですか?
はい。相座武士と井川絵見の演奏もしてますね。2人の演奏曲は、こちらでいくつか選曲しました。井川絵見なら激情型の曲にしたり……。原作で井川絵見がショパンのエチュードを弾くシーンがありますが、あれも阪田さんが情感たっぷりに弾いてくださいました。あの曲は相当大変な曲なんですけど、阪田さんは難なく弾きこなしてくださいましたね。
――『四月は君の嘘』にはいろいろな楽曲が演奏される作品ですが、その楽曲についてはどんな印象をおもちでしたか?
最初イシグロキョウヘイ監督から「『序奏とロンド・カプリチオーソ』を別の曲にできないか?」という相談があったんです。そこで原作をじっくり読んだところ、原作の描写の流れが「序奏とロンド・カプリチオーソ」とリンクしていて、ほかの曲に置き換えられないなと。漫画のコマ割りが、楽譜どおりになっていて。原作の新川直司先生が、しっかりと音楽の流れを把握していらっしゃることがよくわかりました。それで「このシーンをほかの曲で行くのは難しいんじゃないか」とお話させていただきました。
――新川先生の選曲がドラマにシンクロしていたわけですね。
かをりがどこで感情を込めて弾くか、公生の演奏がどこでバラバラになるか。かをりのセリフ「アゲイン!」の位置も、楽曲のどこで言うのかが明確だったんです。新川先生が音楽を聴き込んでいらっしゃることが伝わってきましたね。
音楽を聴き込み、楽譜を読み込み
練り込まれた演奏シーン
――モデルアーティストをキャスティングしたあと、次はどんなことをしたのですか?
そうですね。レコーディングをしてから次に演奏シーンの資料映像を撮影するという流れでしたね。最初に篠原さんとお会いしたのが昨年の9月くらい、演奏をお願いする楽曲が決まったのが9月末くらい。レコーディングが昨年11月中旬に行われました。最初のレコーディングでは「クロイツェル」「序奏とロンド・カプリチオーソ」「愛の悲しみ」の3曲を録りましたね。
――そのレコーディングは、本編に使用される演奏ですよね。
そうです。まず最初はアーティストとして篠原さんが表現したい演奏で収録して。次にイシグロ監督にアニメの演出をレクチャーしていただいて、そのうえで演奏したものを収録しました。アニメ本編だと途中で演奏を止めたり、音がズレてしまうシーンがあるので、いわゆるクラシックのレコーディングとは違う方法で収録をしました。
――クラシックのレコーディングと違う方法とは?
基本的にクラシックのレコーディングはホールで演奏するんですよ。ホールでピアノとヴァイオリンの2人が演奏して、さまざまなマイクを向けて収録します。でも、今回はアニメ用ということもあり、なおかつ公生の耳が聞こえなくなるエフェクトを入れる必要があったので、スタジオに入ってヘッドフォンをつけていただき、ヴァイオリンとピアノを別々のブースで同時に収録したんです。なるべく両方の演奏の音が混ざらないようにドライに収録したんですね。篠原さんも、阪田さんもそういうレコーディングははじめてだったのでかなり苦労されたようです。
――イシグロ監督のリクエストは、どんなものがありましたか?
僕らがレコーディングのときに出す指示はかなり具体的なんです。たとえば、具体的に「ここを強く弾いてほしい」と言うんですね。そうしないと演奏家が混乱してしまうことがありますから。でも、イシグロ監督はご自身の表現で、漫画を読んだときの印象をそのまま伝えようとなさっていました。篠原さんも阪田さんも原作を読み込んでいらしたので、イシグロ監督と共通言語ができていたおかげで監督の指示を素直に理解してくださったようです。
――実際に出来上がったアニメ本編の演奏映像をご覧になっていかがでしたか?
アニメでヴァイオリンの細かい動きを描写したものって、ほとんどないと思うんです。すごくリアリティがあったし、ピッチカートという弦を手で弾く仕草もすごくカッコ良かったですね。あれは本当にヴァイオリンを弾いている人から見ても、共感できるものになっていると思いました。
日本各地で聴くことができる
『四月は君の嘘』の演奏
――11月に発売になったなったクラシック音楽集『四月は君の嘘 僕と君との音楽帳』には篠原さんと阪田さんの演奏が収録されているんですよね。
基本的にCDに収録されている音源は、モデルアーティストの2人が演奏しているので、登場人物のかをりと公生の演奏とリンクしているものですね。基本はアニメのコンピレーション版サウンドトラックという意識があったので、エンジニアさんとも相談してあえてクラシックのアルバムとは違う音のつくりをしています。クラシックのアルバムって小さい音は小さくて、大きい音は大きい、要するにダイナミックレンジがとても広いつくりになっているんですよ。だから、環境の悪いところでアルバムを聴くと小さな音が聴こえにくいということがあって、ボリュームを大きくしないといけない。でも、ポップスのアルバムは、音を平均的に聴けるようにコンプ(コンプレッサー)をかけるんです。スマートフォンで聴いても、電車の中で聴いても、小さな音が聴こえるように調整しました。なので演奏者の息づかいも聴こえると思いますよ。「ロックなクラシック」という感じを目指しました。クラシックのファンの方にとっては新鮮な音の聴こえ方になっていると思います。
――まさにクラシック初心者も聴きやすいアルバムなわけですね。
はい。
――『四月は君の嘘』は『のだめカンタービレ』のようにコンサート活動もしているんですよね。
そうですね。『のだめ』のときは70人から80人のオーケストラでコンサートを企画していたんです。そうするとかなり大がかりなので、東京近郊の大きな会場でコンサートをしていました。『四月は君の嘘』はヴァイオリンとピアノだけなので、さまざまな場所でもコンサートができるんですよね。岩手や九州、山梨のような場所でコンサートをできたらいいなと思っています。実際、すでにオファーもたくさんいただいているんですよ。
―――そういうコンサート展開のおもしろさってどんなところなのでしょうか。
クラシックのファンだけでなく、アニメのファンが会場にいらしてくれることですね。9月20日に第1弾のコンサートを実施したんですが、そのときにtwitterを見ていると「はじめてクラシックのコンサートに行くんだけれど、服装を気を付けた方が良いのかな」と質問をしている人がいておもしろかったです。
―――クラシックコンサートのマナーは気になるところです。
クラシックは普段着で行って、リラックスして聴いてくださればと思っています。演奏中も無理に集中して聴こうと思わずに、お風呂に浸かるような気分で良いと思います。生楽器の演奏なので、決して大きな音ではないかもしれないけど、ひとりひとりが雑音を出さないようにして、静かに耳を傾けることって新鮮な体験になると思います。初めてクラシックを聴く人は、間違いなく眠くなると思うんですよ(笑)。でも、眠くなるくらい心地が良いってことなんです。アルファ波が出ているらしいですね。僕も何百回とコンサートに行っていますが、いまだに眠くなりますからね(笑)。
――そうなんですね。
クラシックって今から200年前とか300年前に作曲された曲なんです。おそらく今生きている人たちと時間の感覚が違うんですね。一曲が長いし、すごく濃密なんです。クラシックのコンサートは事前にプログラムが発表されるので、曲を一度聴いておいて、予習しておくともっと楽しめるかもしれません。
次回(11月27日予定)は、薄井久代さん(美術監督)のインタビューを公開します。
お楽しみに!